日本人が理解していないスピリチュアリティの3つの本質。

まだ日本人が理解しにくいスピリチュアリティの3つの本質。

SPONSORED LINK


どうも!みやあきです!

 

先日、スピリチュアルに関心のある人たちが集まる、おそらく日本最先端のセミナーに参加してきました。

主催者はスピリチュアルに通じる海外の方のティーチングをたくさん届けている方だったので、「どんな人なんだろう?」、また「どんな人たちが集まるんだろう?」と、めちゃくちゃ楽しみに参加したのですが…

正直なところ、主催者と参加者を含めて、スピリチュアリティの本質を理解しているのかどうかは、疑問点がたくさん残るセミナーでした。面白かったけどね!

でも、「それって本質的じゃないよなぁ…」と感じる話も多々あって、お絵描きしてたらいい絵が描けました(;’∀’)w!

絵を描きながら感じていたのは、「スピリチュアルの本質って、まだ日本人には理解しにくいのかもな」ということでした。

スピリチュアルは宗教ではないので、なにか情報を熱心に伝えようとしたり、信じ込ませようとするほどに、本質からはズレていってしまうのです。

どんな言葉も越えているし、言葉を越えたものを伝えなくてはいけないのですが、今回のセミナーではちょっとそれが感じられませんでしたね。それが残念でなりませんでした。

 

ということで、ここでは僕が今回セミナーに行って感じた、日本人の多くがまだ理解していないであろうスピリチュアルの本質を、簡単に分かりやすく3つにしてまとめました。

この3つは100年、1000年、1万年後にも通じているはずだし、なくてはならないものなので、覚えておくと人生をより楽しく生きられるようになるはずですよ!

ということで、いきまっしょう!!

SPONSORED LINK

1.スピリチュアリティーとは『禅』である

まず、そもそもスピリチュアリティっていうのは、もともと『仏教』や日本の『禅』といった”東洋思想”にも由来しています。

そいで、『スピリチュアル』ってのはそれらを西洋の人たちが解釈したものであって、つまり日本で言うところの『禅』のようなもの、というか、まったく同じものと言い切ってもいいくらい、まったく遜色のない真実を、ただ違う言い方で示しているものなんです。

なので禅を学べば『スピリチュアル』に行きつくし、スピリチュアルを学べば、自然というよりも必然的に『禅』や『仏教』の思想にもたどり着くはずなんですね。

 

ところが…ですよ。

今回のセミナーは日本のスピリチュアリティーの最先端にも関わらず、日本の『禅』に関する情報がまったく出てきませんでした。

1970年代の西洋では宗教上の理由から考えられなかった「瞑想」を、ビートルズが学びに日本を訪れた…といった話の流れから、禅とスピリチュアリティを関連づけて話を進めてくれるのかなと思ったらそんなこともなくて、ちょっとこれには拍子抜けしてしまいました。

 

この『禅』を無視して、淡々と西洋思想の話をすることしかできない今の日本のスピリチュアリティに対して、僕はおおいに疑問を抱いています。

なぜなら、僕たち日本人の原点である『仏教』や『禅』の考え方に触れずして、スピリチュアルだけを語ることには無理があります。

日本人は西洋のような『一神教(1つの神を信じること)』の文化とは違い、『多神教(八百万の神)』の文化で育っているので、『神』や『宗教』といった言葉に少なからず誤解が生まれてしまうのです。

なので、日本人がスピリチュアルを理解するためには、東洋思想(禅や仏教など)を正しく理解することも必須だと言えます。

これがまず1つ目です。

2.なにも信じる必要はない

そして2つ目。

これは重要なポイントなのですが、スピリチュアルであるかどうかは、あなたが何を信じているか、そして何をしているかとはまったく関係がありません。

キリスト教”信者”がよく言う「みんなが聖書を読み、イエス様の教えを正しく理解しなくてはいけない!!」なんてものではないです。スピリチュアルは、宗教ではないのです。

むしろ、なにかを信じようとすれば信じようとするほどに、スピリチュアルの本質とは離れていってしまいます。

 

これは本当に重要なポイントで、最初にスピリチュアルな『目覚め』を経験すると、それを『考え方』や『概念』『言葉』などで当てはめ、自分自身を信じ込ませようとしてしまいがちです。

みやあき
おぉ…これが『目覚め』や『悟り』と呼ばれるものなのか…ッ!!

よし、僕はスピリチュアルを”信じて”生きよう。(誤解)

みたいなね(;’∀’)w。

こうなると、信仰心が篤く排他的な宗教家となにも変わらないので、本当にスピリチュアルでありたいのなら、何かを概念的に信じることをやめなくてはいけません。

 

ここも少し今回のセミナーで疑問を抱きまして、僕からするとセミナーの参加者はスピリチュアルという言葉や概念に囚われているように思えました。もちろん、悪いことじゃないんですけどね!

これは主催者&参加者と、僕との年齢差の影響が大きいと感じています。ほとんど40〜50代後半で、20代は僕だけでしたから、僕の世代とのギャップがあったかもしれません。

ミレニアム世代はネットで様々な情報に触れていますから、僕からすれば、キリスト教だろうが仏教だろうが〇〇教だろうが、たとえスピリチュアルだろうが等しく扱えるんです。優劣なんてつけていませんよ。

50代前後半の人たちは、ある種「スピリチュアルを信じた」ことで、こうして僕のような若い世代に広めてくださりましたが、これからはスピリチュアルを信じるのではなくて、スピリチュアルの中でどのように生きていくかが非常に重要であり、問われてくる時代となるでしょう。

つまり、「もうなにかを概念的に信じて生きる必要なんてないんだよー」ってことを、僕たち若い世代以降は伝えていかなくてはいけないのですね。

これが2つ目です。

3.言葉を越えるべし

そして最後に3つ目!!

これも本当に重要なポイントなのですが、スピリチュアルでありたいのなら、言葉や概念や思考など、あらゆる物質を越えていかなくてはいけません。

もともと宗教も、言葉を越えた『真理』を指し示していたはずなんですよ。見えないモノを言葉にして伝えようとしていたワケですね。

ところが、今の宗教はイデオロギー化してしまい、『言葉』が『真理』となってしまいました…。

仏教ではこの誤りを『月をさす指は月ではない。』という力強い比喩で指摘していますが、これはどんな言葉も真理そのものではないということを、直接的に言葉によって表しているのです。

 

今回のスピリチュアルなセミナーは、僕からすると残念ながら、主催者はスピリチュアルなティーチャーの言葉を引用しているだけで、本質を見落としているなと感じることが多かったです。もちろん貴重な話ではあったんですけどね。

これから先、日本でスピリチュアルが宗教のようにイデオロギー化することはないと思いますが、そうならないためにも、ここで一休のこの言葉を引用して、僕自身にも釘を刺しておきましょう。

「世の中に我れぞ悟ると自慢して 名利求むる人の多さよ。」
一休さんの名言

スピリチュアルは、どんな宗教や概念にも囚われず、常に言葉を越えた存在でなくてはいけません。

そのためにも、語り手は決して言葉にとらわれることなく真実を伝えていく必要があると、僕も含めてしっかり心得ておくべきでしょう。

【まとめ】スピリチュアルに生きるとは

さて、今回僕がスピリチュアルのセミナーに行って感じた3つのことを、もう一度ここでおさらいです。

  • 1.スピリチュアルとは『禅』である。(東洋思想)
  • 2.なにも信じる必要はない。
  • 3.言葉を越えるべし。

スピリチュアルであるかどうかは、あなたが何を信じているかではなく、あなたの意識の状態によって決まります。

この記事を読んでいる人は、おそらくまだ「スピリチュアルについてちょっとだけ興味を持った!」という段階の方だと思うので、この言葉の意味を十分には理解できないかと思いますが、そんな方へ僕から「飽きるまで苦しんでください!」とポジティブにアドバイスしておきます。

僕もたくさん苦しい時期を経験して「もう苦しみたくない!」と思ってスピリチュアルの世界に出会いましたし、ブッタも苦しみから逃れたくて悟りを開いたワケなので、きっと苦しみがないと、人間はスピリチュアルには目覚めないのだと思います。

あと、自分が苦しんでいると、人を苦しめてしまうんですよね。これが本当によくないので、やっぱり大切です。

 

僕は未熟ながら、スピリチュアルな目線からのカウンセリングもやっていますので、詳しく知りたい方はどうぞ。僕の経験と、伝えられる範囲でお答えしていきますよ!

 

あ、ちなみに今回のセミナーでメモしたノートをここにアップしておきます!iPadProがあると紙とペンがなくてもこうやってメモができますよと、ということで参考までにどうぞ。

スピリチュアルセミナーの感想

殴り書きなので…汚い字なのは許してください(;’∀’)w。

それと、スピリチュアルの世界について知りたい方はこの1冊があれば十分です。レベルは高いですが本質しかないので、これが思考を越えたレベルで理解できればもう最高です。

本の内容と著者についてはこちらの動画をどうぞ。より本書の理解を深めることができますよ!

 

この記事を読んだあなたに、もし言葉以上のものを届けることができていれば、僕としてはこんなに嬉しいことはありません。

それでわっ、読んでくれてありがっとう!!

SPONSORED LINK