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思考の限界に気づかない、愚かで優しい善人たち。

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普通の人間は、自分の頭の中の声(思考)に自分自身を見失っている。

ものごとにラベルを貼って、世の中をわかった気で過ごしているのだ。

しかし、いったい自分の思考が、この世界のなにを知っているというのだろうか?

コップの写真

僕たちはこれを「こっぷ」と呼ぶ。

しかし、これはコップであってコップではない。謎にラベルを貼っただけだ。

50音から成り立つ言葉を3つ繋げて「こっぷ」だと、頭のなかで唱えているだけ。

思考はこれが「こっぷ」であることをなにも知らないだろう。

 

あなた
(こっぷは水を飲むための道具。

そんなのは誰でも知っているよ!)

と、頭の中のあなたは言うかもしれない。

しかし、それもまた思考がラベルを付け足して、この「こっぷ」という物体を分かった気にさせているに過ぎない。

ましてや、物体ですらないことには気づけない。

 

人間は、自分の思考に自分自身を同一化すればするほど、ものごとを断片的にしか捉えることができなくなり、そこにある全体性を見失う。

すべては全体によって成り立つことを知らずに、自分の断片的な思考に囚われ、そこに自分自身を見失っていくのだ。

僕もそんな普通の人間の一人だったし、親父もその一人だった。

 

今回は、日常で起こったそんな些細な出来事を紹介する。

きっとあなたの日常にも、同じような出来事が起こっているはずだ。

もし”本当のあなた”が自分の思考に囚われていなければ、きっとこの話が理解できるだろう。

思考に囚われた人間が、どれほど愚かで優しいかということに。

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あなた(の思考)は、なにを知っているの?

僕の父親は新聞のニュースを見て、世の中に対する不満をよく口にする。

今回はこんな話だった。

日本の教育費にかけるお金が、先進国の中で最下位なんやって。

そういえば、半年くらい前にそんな話をどこかで聞いた気がする。

僕はこう答えた。

みやあき
へー。

そういや、そんなニュースあったかも。

すると父(の思考)は、このニュースで怒りを覚えたのだ。

ほんま、日本の政治家はなにを考えてんのかなぁ?(怒り)
みやあき
ファッ!?!?!?

僕には父が怒り出した理由が全く理解できない。

が、父が自分の思考に自分自身を同一化しているということだけは、この会話だけで十分に感じることができた。

本当に怒っているのは”僕の父”ではなく、”僕の父の思考”だ。

彼は自分の思考にとらわれていて、そこにある全体性を完全に見失っていたのだ。

 

なぜ父は、日本の教育費が先進国の中で最下位だということに対して怒り出したのか?

それは「日本の教育費が先進国の中で最下位だ」という事実からではなく、そこに思考がドラマを追加したからだ。

父の思考は、きっとこんなメカニズムで働いていたに違いない。

日本の教育費が先進国の中で最下位。

日本の子供たちが成長しない不安。

日本が衰退してしまうかもしれない。

それは教育を軽視する政治家に責任がある。

政治家は汚職ばかりで仕事の成果が見えない。

日本の教育費が先進国の中で最下位なのは、政治家が悪い。(激おこ)

これは一見するともっともらしく、筋が通った理論のように思える。

しかし、全ては思考が生み出した幻想に過ぎないということに、父のような”優しい善人”は気づかない。

 

僕はこのニュースを見たとき、なにも感じなかった。

もっというと、このニュースを善悪で判断しなかった。

なぜなら、そこには「日本の教育費が最下位である」という断片的な事実しかなく、そこから思考を通して全体を理解することなど絶対に不可能だと知っていたからだ。

しかし、あなたが普通の人(の思考)であれば、きっとこう言うだろう。

あなた
教育費にお金をかけなかったら、日本は未来で衰退してしまうだろう!
ただでさえ日本のGDPは中国に負けて減少し続けているんだ。
未来を支えるのは子供だ。もっと教育に力を入れて取り組んでいくべきだ!!

ふむ。とても素晴らしいではないか。

もちろんこれは間違ってなどいない。

しかし同時に、優しい善人たちは自分たちが正しくもないということには気づかない。

 

話を戻して、最初に話したこの言葉を思い出して欲しい。

「私は、ものごとにラベルを貼っていないだろうか?」

どんなに考えても、思考では全体から成り立つ世の中の仕組みを理解することなどできない。

あなた(の思考)が「教育費が最下位であること」について、なにを知っているというのか?

もちろん、なにも知ってなどいない。

ただ過去の物語り、もしくは未来の物語りを頭の中で弄んでいるに過ぎない。

 

そう考えると、これまでの話の中でいかに普通の人々が日常的にラベルを貼り、世の中を分かった気になって過ごしているかがよく分かるだろう。

「教育費にお金を掛けない」からといって「日本の未来は衰退していく」とは限らない。

それは思考が作り出した未来の幻想に過ぎず、たとえ起こったとしても、それは断片的な事実でしかないし、真実ではない。

さらに進めば、「日本が衰退していくことの、いったいなにが悪いのか?」ということにさえ、あなたは思考で考えれば考えるほど、答えを出せなくなっていくことに気づくだろう。

となれば、深く考えて答えを求め続けることが、人間の素晴らしい能力ではないということに気づくのは、時間の問題かもしれない。

思考を抜け出し、善悪を超えた「善」を見出せ。

普通の人間はものごとに対してラベルを貼った後、そこに「善悪」という2つの判断を付け加える。

「あの人は年収が1000万円あるから凄い。(善)」

「あの人はニートで働いてないからダメなやつ。(悪)」

「私はみんなのことを考えて行動できる、優しい人なんだ。(善)」

いわゆるステレオタイプというのは、こういったものごとを思考で判断したがる人間の機能不全を指すのだろう。

 

しかし、ものごとにラベルを貼らずに、また善悪で判断することをやめたとき、そこにはなにが残るだろうか?

それは言葉で説明できないが、強いて表すなら「完全」や「全体」、また「神による創造」といえるものがある。

世界で起こるものごとは全てと繋がっていて、1つも切り離すことができない、完全なる全体性がそこにはあるのだ。

 

“思考を抜け出す”と聞くと、「自分を見失ってしまうのではないか」という恐れを持つかもしれない。

だが安心してほしい。自分を失うどころか、自分の生命を取り戻すだろう。

僕はどこの宗教にも所属していないし、これから先も永遠にするつもりはないが、イエスのこの言葉は素晴らしいと思ったので共有したい。

「野のユリ、空の鳥を見なさい」

なぜ着物のことなど気にするのですか。
野のユリの華がどのように育つのかよく見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。

人々はものごとにラベルを貼ることで、世の中を分かった気になっているが、なにも分かってなどいないのだ。

思考に囚われている人間は、この文章を読んでもなお、野のユリを見ることはできないだろう。

彼らは思考を自分自身だと思い込み、野のユリに自分と同じ生命があることになど気づきもしなければ、感じ取ることもできない。

 

見失っているものとは何か?あなた自身である。

どこに見失っているのか?あなたの思考にである。

僕らは善人になることなどできない。できるのは自分の中にある善を引き出すことだけだ。

人間には”思考する”という素晴らしい力があるが、それは自分の一部であって、本当の自分自身ではないと気づくこと。

それこそが思考を抜け出し、善悪を超えた善を見出せる唯一の方法なのだ。

 

この話をより理解したい、というより深く探求したいという人には、やはりこの本をオススメしたい。

スピリチュアルはよく宗教と勘違いされるが、まったく宗教ではない。神もいなければ信じるものもないし、得るべき知識もなにもない。ある意味では”面白くはない”だろう。

しかし、あなたの意識を確実に変える1冊だ。

あなたの準備が整っていれば、きっとこの1冊を読んだ後には「そういうことだったのか」と、自身の変化に気づくはず。

それは言葉で表す必要もなければ、人に自慢するものでもない。誰もが常に持っているがゆえに見失っているものを、ただ見つけただけだ。

あなたにも、そんな意識の変化が芽生えれば幸いだ。

 

ということで、いつもと違う文章で書いてみましたが、読んでくれてありがとう。

それでわっ!

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