ゴリゴリの笑顔

仕事や家族関係など、自分の役割を演じるのを辞めると人生は楽になる。

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人間は日々、色々な役割の中で生きていますよね。

僕は実家で暮らしているので、家にいるときは「子供」という立場であり、役割の中で生きています。

会社で働いている人であれば「ビジネスマン」という枠組みの中で、それぞれ振り分けられた役割に当てはまりながら活動しているわけですね。

でも、その役割はあなたであって、あなたじゃないんですよ。

僕は最近というか、ようやくこの人生においてめっちゃ大切な事実に気がつきました。なんてこった…!もっと早く気がつきたかったよぉぉぉ!!!

今回は、自分の役割に自分を同一化しないと、人生はとても楽になるというお話です。

エックハルト・トールの本を一部抜粋しながら紹介していきます。

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役割を演じることをやめる

この言葉、深すぎて心の奥底にまで沁みてきました。

どんな状況でも、その役割に自分を同一化せずに、しなければならないことをする。
これがこの世に生まれ出た私たちが学ぶべき、人生の基本的なレッスンである。

人生の基礎的なレッスンを、22歳になってようやく知りました…うっ(´;ω;`)。

 

子供の頃は全く気にしなかったのに、いつの頃からか社会の役割に自分を当てはめて考えいる自分がいるんですよねぇ…。僕は小学校までかな、なにも考えずに生きていたのは。

小学校から高校、または大学に通っているひとであれば「学生」という役割を演じ、20歳をすぎたら「成人」という役割を演じ、仕事に就けば「社会人」という役割を演じ…と、僕たちは当たり前のように、自分を社会の役割に当てはめながら生きているんですよ。

でも、これってめっちゃ苦しくないですか?辛いですよね。

だって、この役割は自分であって、自分じゃないんですから。

自分を役割に当てはめると、必ず苦しくなる

例えば、僕はこうしてブログを書いているので、役割には「ブロガー」であったり「フリーランス」だったりするわけですが、これは僕であって、僕じゃないんですよ。これ、意味がわかりますよね?

「この役割こそ、自分なんだ!」と、自分自身でなにかの”型”にはまり込んでしまうと、その枠からはみ出たことができないわけです。最近はぼく、これに結構苦しめられていました。

みやあき
ブロガーなんだから、ブロガーらしくしないといけない…
他のブロガーみたいに、過激なことをも書かないと…!!

ほんと、自分自身でもアホらしいと思いますよ、この考え方は(笑)。

でも、日常レベルでみんなこうした役割を演じているんですよね。

多少の例外はあるものの、政治家、テレビの司会者やニュースキャスター、ビジネスリーダーや宗教界の指導者などこの世界で権力者の地位にある人々の大半は、その役割に完全に自分を同一化している。

彼らはVIPとして扱われているかもしれないが、いくら重要らしく見えても、結局は真の目的などないエゴというゲームの無意識のプレイヤーであることに変わりはない。

ほら、あなたもお店に行ったら「お客さん」らしくしたり、仕事にいって上司に会ったら「部下っぽく」振る舞ってみたりしていませんか?

え、なになに?

「外ではニコニコ明るくポジティブに振る舞えるのに、家に帰って一人になるとネガティブになっしまうんです…」ですって?

みやあき
まさしくそれのことですよ!!!

それは本当の自分じゃないんだから、苦しんで当たり前なんです。

ただ目的のために、自分の役割を演じる。

エックハルトはこの本の中でこんな言葉を残しています。

何をするにしても、役割というアイデンティティを守ったり強化するために、あるいは役割のために行動するのではなく、ただ目的を達成するために行うとき、人はとても力強くなる。

これこれこの言葉ですよ、僕が欲しかったのは…!!

 

人はなにか行動を起こそうと思ったとき、必ずと言っていいほどまず「自分が何者であるか」を確認します。

しかし、本当のあなたは社会で振り分けられた役割なんかじゃ計り知れないんですよ。詳しい説明は省きますが、あなたは何者でもありません。何者でもないはずの自分を、何者かに当てはめようとしているから、その差が苦しみとなって心を締め付けているのです。

だから、そこにしがみついて物事を考えてしまった時点で、自分が目的とすることなんて達成できないわけです。

では、「本当の自分では何であるか?」というと、一言で「意識である」と言い切ることができます。これは深すぎるんで、また機会があれば別の記事で紹介します。

 

自分を家族構成の一員であったり、役職の一つに当てはめて考えてしまうと、もうその時点で全力は出せないんですよね。

そんな状態で行動しても、まさしくエックハルトが言うように「エゴによる行動」になってしまうので、結果が出たとしても、絶対に幸せは手にできないでしょうね。

それにエゴは無意識的に周りを不幸にするので、社会的には成功に見えても、それは間違いなく失敗だと言えます。

自分も他人も定義することなく生きる

自分を社会の枠組みとしてだけでなく、人間としての役割に当てはめて考えてしまうと、そこからはなんのアイデンティティーも生まれないし、結果は出せても幸せにはなれないから、まずは自分を定義するのは辞めてしまいましょうということです。

自分自身を、自分にも他人にも、定義することは辞めよう。
定義を辞めても死にはしない。それどころか生命を取り戻す。

人々と付き合う時には、機能や役割であるよりも、意識的に「いまに在る」場として向き合おう。

結局のところ、苦しみというのは自分の思考が勝手に作り出しているに過ぎないのです。

つねに、物事は中立です。自分の思考を通してではなく、ただ「いまに在る」ことができれば、世界は自分に何も押し付けていないことが実感できるはずです。

そこに思考を通して「これはこうであるべき」「自分は〇〇である」「〇〇だと思う」と決めつけてしまうから、自分で人生を苦しくしているんですね。

 

ゴッホは椅子の絵を描くとき、それを「椅子(chair)」だとは言いませんでした。なぜなら「椅子である」と決めつけてた時点で、自分の思考を通して見ることになってしまい、本当の姿を描けないと知っていたからです。こうやって偉大な先人は必ず世の中の真理を垣間見ているんですよねぇ。勉強になります。

 

自分の固定した考え方に悩まされている方はこの本を必見です。人生を苦しめているのは自分ではなく、自分の思考なんだと気づけたとき、世界は大きく広がるはずです。

そいでわっ!

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